Cortés
Cortés
コルテス県
コルテス県(Cortés)はホンジュラス北西部に位置し、東はアトランティダ県およびヨロ県、西はサンタ・バルバラ県とグアテマラ、北はカリブ海、南はコマヤグア県と接しています。総面積は約4,000㎢で、日本の滋賀県とほぼ同じ規模です。県は12の市から構成され、県都はサン・ペドロ・スーラ(San Pedro Sula)です。
コルテス県は国内でも特に重要な地域とされており、なかでもサン・ペドロ・スーラは首都テグシガルパに次ぐ大都市で、商業・工業の中枢として発展しています。そのことからも、コルテス県は国内で一番多くの人が住む県です。また、国内最大規模の港であるプエルト・コルテス(Puerto Cortés)があり、物流・貿易の中心地としての役割も担っています。
県の南部には国内最大の湖「ヨホア湖(Lago de Yojoa)」があり、周辺には「プルアパンサックの滝(Cataratas de Pulhapanzak)」をはじめとする観光地が点在します。豊かな自然景観とアクセスの良さから、国内外の観光客に人気のエリアとなっています。
コルテス県(Cortés)の名称は、スペインの征服者 エルナン・コルテス(Hernán Cortés) に由来します。彼はスペインに生まれ、若くしてイスパニョーラ島(現在のドミニカ共和国・ハイチ)やキューバで植民地活動に携わりました。その後、自ら軍を率いて新世界での勢力拡大を進め、メキシコでは先住民族との同盟関係を構築しながら アステカ帝国を滅ぼした人物 として知られています。
メキシコ支配を確立したのち、コルテスは次にホンジュラス支配を目指して遠征を行いました。しかし、密林や大河が多い地形により 食料や物資の補給が難しくなったうえ、さらに疫病も蔓延し、遠征は大きな犠牲を伴うものとなりました。最終的に彼自身も体調を崩し、ホンジュラスに安定した統治体制を築くことはできず、帰国を余儀なくされました。
コルテスは、部族間の対立を利用した統治戦略や、先住民女性を通訳・交渉役として重用した点、さらにキリスト教布教の基盤を築いた点などから、当時は「征服者・開拓者」として称えられました。しかし現代では、植民地支配の象徴として 先住民社会の破壊・同化・搾取 といった負の側面にも注目が集まり、再評価が進んでいます。
エルナン・コルテスの肖像画
(パブリックドメイン)
ヨホア湖はコルテス県南部に位置し、国内外から多くの人が訪れるホンジュラス有数の観光スポットです。コルテス県、サンタ・バルバラ県、コマヤグア県の3県にまたがるこの湖は、ホンジュラス唯一の火山湖とされています。湖畔にはレストランやホテルが点在し、自然を感じながら、ゆっくりと滞在できる場所として親しまれています。
ヨホア湖周辺は、かつてホンジュラス最大の先住民族であったレンカ族が広く暮らしていた地域でもあり、周辺からは歴史的に重要な土器や当時の建造物の痕跡が数多く発掘されています。湖の北部に位置する ロス・ナランホス遺跡 (Parque Arqueologico los Naranjos)では、湖とともに生きてきた人々の暮らしや文化の一端を垣間見ることができます。
また、湖から少し北へ向かった場所には、プルアパンサック滝(Cataratas Pulhapanzak) があり、国内で最も高い滝の一つとして知られています。高さ約40メートルから落ちる水の迫力は圧巻で、周辺ではジップラインなどのアクティビティも楽しめます。
プルアパンサックの滝
(Cataratas Pulhapanzak, San Francisco de Yojoa)
ホンジュラス最大級の滝。
ジップラインなどのアクティビティも充実しています。
ロス・ナランホス遺跡
(Parque Arqueologico los Naranjos, Santa Cruz de Yojoa)
太古にヨホア湖周辺にいた先住民族の
遺跡や出土品を見ることができます。
サン・ペドロ・スーラ中央公園(Parque Central de San Pedro Sula)
サン・ペドロ・スーラ市は、首都テグシガルパに次ぐ、ホンジュラス第2の都市です。国内で最も人口の多いコルテス県の県都として、商業・工業の中心地として発展してきました。首都と比べると高層ビルは多くありませんが、町全体の広がりや活気は、首都に引けを取らない規模感を感じさせます。
市の中心部には企業のオフィスが集まり、大きな中央公園や隣接する大聖堂を中心に、多くの人々が行き交います。ビジネスと日常生活が交差するこのエリアは、サン・ペドロ・スーラの現在の姿を象徴する場所と言えるでしょう。また、「歴史人類学博物館(Museo de Antropologia e Historia)」では、コルテス県周辺に暮らしていた先住民やマヤ系民族の出土品、スペイン統治時代の資料などが展示されており、地域の歴史と文化を静かにたどることができます。
サン・ペドロ・スーラは交通の要としても知られ、市内の大型バスターミナルには国内外各地からバスが集まります。ターミナルが一箇所に集約されているため、初めて訪れる人でも移動しやすく、ホンジュラス各地への拠点としても利用しやすい都市です。
サン・ペドロ使徒大聖堂
(Catedral Metropolitana San Pedro Apóstol, San Pedro Sula)
サンペドロ市の中央にある大きな教会。
1947年頃に建築が始まったとされています。
歴史人類学博物館
(Museo de Antropologia e Historia, San Pedro Sula)
コルテス県周辺に住んでいた先住民族や
植民地支配下のホンジュラスを知ることができます。
サン・フェルナンド要塞は、ホンジュラス北部コルテス県北部、オモア市(Omoa)に位置する、国内最大級の要塞です。カリブ海に面し、グアテマラ 国境にも近いこの地は、植民地時代において戦略的に極めて重要な場所でした。18世紀、当時この地域を統治していたスペインが、海賊や私掠船からホンジュラスの資源や港湾を守る目的で建設したもので、中央アメリカ防衛の要とも言える存在でした。
現在も要塞は非常に良好な状態で保存されており、分厚い石造りの城壁や、海に向けて設置された大砲などから、当時の緊張感ある防衛体制をうかがうことができます。城壁の上からはカリブ海を一望でき、穏やかな海の景色と、軍事施設としての重厚な雰囲気の対比が印象的です。敷地内には博物館も併設されており、展示資料を通してスペイン統治時代のホンジュラスや、この地域が果たしてきた歴史的役割を知ることができます。
要塞は県都 サン・ペドロ・スーラ 市から日帰りで訪れることができ、都市観光とは異なる、カリブ海沿岸ならではの落ち着いた時間を楽しめます。また、グアテマラ国境に近い立地から、中米周遊旅行の途中に立ち寄る歴史スポットとして組み込むのも興味深いでしょう。
国内情勢が不安定であった2010年代、特にサン・ペドロ・スーラ市では殺人事件の発生率が非常に高く、かつては「世界で最も危険な都市」と呼ばれた時期もありました。近年は治安対策の強化により犯罪件数は減少傾向にありますが、世界的な水準で見ると、現在もなお犯罪率は高めの状態にあるとされています。サン・ペドロ・スーラはホンジュラス有数の商業・経済都市であり、人や物の往来が激しいことから、犯罪が発生しやすい側面を持っています。
そのため、サン・ペドロ・スーラ市および周辺の町では、徒歩での移動は避け、信頼できるタクシーを利用したドアtoドアの移動を心がけることが推奨されます。バス移動についても、市内を巡回するローカルバスの利用は控え、都市間移動を行う場合は、できるだけ早い時間帯に移動を終えるなどの工夫が重要です。
また地域の特性上、政治集会やデモが発生することもあります。こうした状況を避けるためにも、ホテルのスタッフやタクシー運転手など、地元の人々から最新の情報を得ながら行動すると、より安心して滞在することができます。
なお、2026年1月現在、サン・ペドロ・スーラ市ではUberのサービスが利用可能であり、移動手段の一つとして活用すると安全性と利便性の両面で有効です。
サン・ペドロ・スーラの中心地。交通量が多いことも留意点の一つです。